「手づくりが子どもに与える喜び」、その発見が商品開発のカギに。
家族経営の小さな町工場が立ち並ぶものづくりの町・東大阪。ここで生まれ育った森本さんは、22歳にして家業を継ぐことを決め、精密板金の世界に足を踏み入れました。しかし森本さんが子どもだった80年代と比べると、現在、東大阪市の製造事業所は約4割も減少しているといいます。
「しまいにリーマンショックの波をもろにかぶって、とくにうちみたいな会社は孫請けが多いから、指くわえて待ってても、一次請けに『もうおたくええわ』って切られたらどうしようもない。だったら先手打って、仕事ないんやったら自分で作るしかない」。
知恵を絞る森本さんにとっての心強い味方が、かねてより参加していた異業種交流サークルの仲間でした。いくつかオリジナル商品の試作品を作ってはメンバーにダメ出しを受ける中で、ふとひらめいたのが子ども用工作キット。
「小さな職人さん」初級の見習いさん編は、工具の基本的な使い方の習得をめざします。
「うちの次男坊が小学校1年生の時、夏休みの工作の宿題に、板金で貯金箱を作ったことがあって。僕が構造考えて、機械をセットして、あとは教えたるから自分で操作してみいと。板金を曲げて釘打ちしただけのもんやけど、それを6年生ぐらいまでずっと大事にしてたんよ。『かっこええやん、僕が作ったんやもん。世界にひとつしかないねんで』って。それを聞いて、へえ、そうか、と」。
手づくりの楽しさを子どもたちが味わえるもの、とのアイデアが固まり、最初の試作品ができたのが2011年のはじめのことでした。A4サイズ1枚の鋼板から、プラモデルのように型を切り抜き、ニッパーや金づち、やすりなどの工具を使って組み立てるキット「小さな職人さん」の誕生です。
すべてが手探りだった道のりで出会った、「広報」という発想。
商品化への道のりはとにかく初めての経験の連続。ネーミングからパッケージデザイン、ネット販売のノウハウにいたるまで、前出の異業種交流サークルのメンバーがそれぞれの専門分野を生かし、力を貸してくれました。何を隠そう、PRリンク代表・神崎もそのサークルのメンバーのひとり。「小さな職人さん」が、メディアが記事にしたくなるストーリーを発信できるよう、PRパートナーとしてアドバイスを行いました。
工作体験会で、「小さな職人さん」を使った工作を教える森本さん。(写真提供:ワイエムシートメタル)
「カンさん(神崎)は本職やから『社会性や新規性がないとダメです。どう出すか一緒に考えましょう』と簡単に言うけど、こっちは広報なんてまるっきり無縁やったから、最初は理解するのが大変やったよ。『新聞の見出しを考えてみましょう』と言われて、どんな見出しで取り上げられるべきかという仮説を立てたんやけど、まず『子どもたちにものづくりの楽しさを』、それから『将来の日本のものづくりを考えるきっかけに』っていう社会性のキーワードは出てきた。それから単発で終わらないよう継続的に出していける要素を、ということで、見習いさんから班長さん、主任さん、課長さんとキットの難易度が上がっていくという新規性も付け加えた。それから5月5日の子どもの日に、親子で参加できる工作体験会をやろうと決めて、これで季節性が加わった」。
初回のプレスリリースはゴールデンウィークを1週間後に控えた2011年4月21日に配信。まだ東日本大震災から日にちも浅く、ニュースは震災関連の情報が中心でした。しかし、メディアも震災関連情報だけでなく、未来に向けた社会性のある新しいニュースを求め始めているタイミングだと判断したPRリンクの「そろそろリリースを出しませんか?」という提案がきっかけになりました。「そう簡単に取り上げてもらえはしないだろう」との森本さんの予想を裏切り、さっそくテレビ取材の依頼が。そこからはメディアがメディアを呼ぶ状況となり、続く2回目のリリースを同年7月に出したきりにも関わらず、「小さな職人さん」発売以降、2年間にわたって取材が途切れることなく続いています。神崎から、取材を受ける際の話し方のコツや、記者とのつながりの保ち方などさまざまなアドバイスを受けた森本さん。メディアを通して生き生きと町工場からのメッセージを伝えています。
テレビの取材にもいつもの作業服で応える森本さん。愛称は「大きな職人さん」です。(写真提供:ワイエムシートメタル)
「小さな職人さん」への注目で、本業への問い合わせも増加。
工場見学に訪れる中高校生に「これからは世界を相手に闘わないといけない」と説く森本さん。製造業の未来を担う若者に期待しています。
「それまではプレスリリースなんてものが存在することさえ知らんかったから、新聞やテレビの記者というのは、小さな情報でも自分の足で見つけてきてるんやと思ってた。たとえば業界紙なんか見てると、ある工場が1千万円の設備投資をしたことが記事になってたりする。たかだか1千万円程度でなんで記事になるんやろうと不思議に思ってた。でも、カンさんと出会って広報の考えを知ってからは、『違う、あれはプレスリリースしてたんや』と。普通の板金屋は、仕事をもらってなんぼの世界やから、自社ブランド持つところは少ないし、ましてやプレスリリースなんてやってるところもないと思うよ。『小さな職人さん』は単体で採算とれるところまでは全然行ってないけど、でも『小さな職人さん』が注目されてるおかげで、本業への問い合わせが増えたり、ホームページへのアクセス数が上がってる。やっぱりいろんなことにチャレンジしつづけなあかんな、と思うね」。
工場見学に訪れる中高校生に「これからは世界を相手に闘わないといけない」と説く森本さん。製造業の未来を担う若者に期待しています。
これからも本業だけでなく、儲け度外視で世の中のためになる仕事や、周囲を引き立てる仕事を大事にしていきたいという森本さん。「小さな職人さん」を学校教材にアレンジしたものを全国の小中学校に提案しているほか、子ども向け新商品のアイデアもすでに頭にあるといいます。
「商品のアイデアが浮かんだら、信頼できる人に話してみて、意見を聞きながら軌道修正していく。カンさんなら専門家の目で『PR的にはこういう観点が抜けてます』とか言ってくれるから。枠組みが固まってしまう前の、商品開発の段階から一緒にやっていける関係がやっぱりいいよ」。
日本の製造業を支える町工場も、自ら情報発信力を持つことで、新たなステージに進むべき時なのかもしれません。
(取材・文/松本 幸)